昨日は自宅で「コリーニ事件」を鑑賞。
2019年製作のドイツ映画。
ある日、ドイツでも屈指の大企業を経営する大物実業家ハンス・マイヤーが、滞在先のホテルで殺害される。
犯人は、ドイツで30年以上生活してきたイタリア人男性、ファブリツィオ・コリーニ。
コリーニはマイヤーの頭部を拳銃で打ち抜き、
その後、倒れた被害者の頭部を、
頭蓋骨が破壊されるほど靴で何度も踏みつける、という凶行に及ぶ。
この事件を担当することになったのは、
新米弁護士カスパー・ライネン。
カスパーは当初、
自分は「ジョン・B・マイヤー」という男性が殺された事件を担当したと思っていたのだが、
その「ジョン・B・マイヤー」が、
ハンス・マイヤーと同一人物であったことに大きなショックを受ける。
実は、ハンス・マイヤーという名前は、
ジョン・B・マイヤーの通称であって、
カスパーにとってのハンス・マイヤーは、
血の繋がっていない自分を、実の息子のように育ててくれた「人生の恩人」だったからだ。
果たして、この裁判の行方は・・・
という、あらすじ。
当初、僕はこの映画をてっきり実話だと思って見ていたのだが、
見終わってから、どこにも「これは実話である」的なキャプションがないことに気づき、
後で調べてみたら、
この物語がフィクションであることに少々驚いた。
それは第二次世界大戦におけるナチス党の台頭に思いを巡らせた時、
この話が実話であったとしてもおかしくはない、と思えるほどに、
その内容に迫真性があると感じたからだ。
映画の前半は、
逮捕後に徹底して黙秘を続けるコリーニの動機を追求していくという、
ミステリー的な側面を持ち、
後半は、コリーニが凄惨な殺人を起こすに至った真相が明るみになると同時に、
1960年代にドイツで制定された「ある法律」の正当性を巡る、
というリーガルサスペンス的な側面を持つ、
この作品。
非常に見応えのある一本であった。
主人公の弁護士、カスパー・ライネンのプロフェッショナルぶりは、
映画内で目立った演出を用いるかたちでは描かれていないが、
凄まじいものを感じる。
自分が弁護を担当する加害者が「自分の恩人を殺した人間である」という事実を目の当たりしても、
引き受けた仕事は投げ出さないと、
私情に流されることなく仕事に取り組むカスパー。
現実に考えると、やはり少し無理がある設定かもしれないが、
物語に鑑賞者を引きつける「ツカミ」としては、
非常に興味深い人間関係を設定できた、と言えよう。
もちろん、釈然としない部分もある。
前半部分で、カスパーの少年期から青年期の回想シーンがいくつか挟まれるのだが、
そこでハンス・マイヤーの孫であるフィリップという男性(カスパーの幼馴染みといえる存在)の、
「非常にショッキングなエピソード」が紹介されるのである。
映像的にも、かなり衝撃的であるのだが、
この映画を最後まで見終えた後で、そのエピソードを思い出すと、
「ん?あれって、後半の展開とそんなに関係あったか?」と思ってしまった。
実はカスパーは、
フィリップの姉であるヨハナ・マイヤーという女性(もちろんヨハナはハンスの孫娘にあたる)と、
かつて恋人関係であった、という過去があって、
「フィリップのあの事がなかったら、私たちはどうなっていたんだろう?」と、
カスパーとヨハナが、二人して物思いに耽るシーンがあるのだが、
それが後半部分において何か重要な伏線を持っていたり、
大きな示唆を与えるようなものであったのか?
というと、
少なくとも僕の目には、そうは見えなかった。
鑑賞者を画面、もしくはスクリーンに釘付けにするエピソードとしては強力なのだが、
それが、後半で描かれる、
この物語の根源的テーマに、
直接的に影響を及ぼしているとは思えないのである。
そして、あともう一つ。
カスパーとヨハナが元恋人関係であるということだが、
この2人は別れてからも、
知人として比較的良好な関係を続けているのである。
それはそれでいいのだが、
いざ裁判が始まって、
片や「殺された被害者の孫娘」のヨハナと、
片や「元恋人の祖父であり、自分にとっても恩人であるハンスを殺した人間の弁護士」であるカスパーが、
「食事の約束をする」なんて事があるだろうか?(この食事は、話がこじれて結局しないのだが)
そんな行為はゴシップ紙の格好のネタであるから、避けるのが常識だろう。
しかも、この2人はその後、
食事で済まないこともしてしまっているので
(まあ要するにアレです)、
僕としては、違和感しか感じなかった。
まあ、こういうところがフィクションっちゃあ、フィクションかな?と、
後から考えると、少し興醒めした部分である。
と、個人的マイナスポイントを2つ挙げさせてもらったが、
後半部分の真実の暴露は壮絶である。
僕は基本的に、
「殺人は、人間にとって最大最悪の罪」と考えている人間である。
それが、たとえ自分の身を守るためであっても、
「人が人を殺すことに、完全なる正当性が与えられることはない」と考えている。
しかし、コリーニとハンスが共有した過去を目の当たりにした時、
その僕の信念が、一瞬グラついたことを否定できない。
この物語はフィクションであるが、
このようなことに極めて近い事例が、
過去に現実の世界であったに違いないのは疑いようがなく、
そういった意味では、
この映画は、ある部分においてノンフィクションと言えるかもしれない。
あまりにも悲しい、繰り返されてはいけない歴史だ(しかし、今現在も繰り返されているのが悲しいし、やるせない)。
この真実の暴露を見ても、
コリーニが、ハンスに対してやった事を支持することは、
僕には決してできない。
しかし、自分が受けた極限の苦しみを、
極限の行動で相手に返すことで、
自分の過去に折り合いをつけようとしたコリーニを完全に否定できない僕もいる。
答えを出すにはあまりに難しい問題を突きつけられた1本であった。
僕の評価は、
100点満点中、86点。
という事で、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。