シンゴさんの、ふとしたつぶやき。

100点満点採点で映画を評価した記事と、あと他愛もない雑談と。

(核心部のネタバレなし)「インセプション」 2022年の今、これを見て思うのは「夢の世界こそがメタバースだよな?」

 

昨日は、自宅で「インセプション」を鑑賞。

 

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2010年公開で、当時はけっこう話題になっていた映画だが、僕は見たことがなかった。

 

個人的な話で恐縮だが、

2010年前後の僕は、もっぱらゲームにハマっていた時期で、

このあたりの時期に公開された映画は、あまり見ていなかったりする。

 

最近、Amazonプライム・ビデオのおすすめに、この作品がいつも出ていて、

気にはなっていたのだが、

公開から約12年経って、昨日ようやく見ることにした。

 

僕は映画を見る前、

作品によって、あらすじを読んだり読まなかったりと、まちまちなのだが、

今回は、この作品がどういった物語かほとんど知らずに見始めた。

 

冒頭、レオナルド・ディカプリオが浜辺で倒れているシーンから始まるのだが、

しばらくの間、

僕の頭の中は「???」といった感じで、

物語の概要が全く掴めない。

 

新幹線のぞみの車内のシーンに移り、

どうやら登場人物たちが動いていた世界は

「夢の中」と「その夢の中で見ている、さらなる夢の中」ということはわかったのだが、

ここまでの色々な情報量が整理できず、

僕の頭は混乱したまま。

 

「あ・・・・やべえ。

これは、難解なだけで、結局のところ、つまらないまま終わるやつなのか・・・」

という不安がよぎる。

 

しかし、僕は一度見始めた映画は、

最後まで見なければ気が済まないタチなので、

気を取り直して見続けていると、

登場人物のセリフのやりとりから、これがどういう物語なのか、だんだんとわかってくる。

 

ディカプリオ演じる「コブ」という男は、

他人が見ている夢の世界に侵入(標的とする他人と夢の世界を共有)し、

情報を抜き取る産業スパイのようなことをやっている・・・ということや、

 

渡辺謙演じる「サイトー」は、コブに仕事を依頼している人物であること、

 

そしてコブが今回、挑もうとしている事は、

夢の世界から「情報を抜き取る」のではなく、

夢の世界において、

標的となる人物に「あるアイデアを植え付ける」こと、

 

そして「アイデアの植え付け」は容易なことではなく、ほぼ不可能かもしれず、大変なリスクと労力を伴うこと・・・・

 

などなど、

見ているうちに、目の前に雑然と散らばっていたジグソーパズルのピースがハマっていくような感覚で、

物語の概要と、主人公たちの目的がわかってくる。

 

この「わかっていく」感覚が気持ちよく、

僕は「ほうほう、なるほどなるほど」と、

途中からは、この映画の世界観にすっかり魅了されてしまった。

 

「あら、なにこれ、面白いですやん・・・」

 

冷めた目で見れば、「他人と同じ夢の世界を共有する」技術など、

現在の科学技術にはなく、

この映画の根本設定はあまりにも荒唐無稽なのだが、

シナリオの巧妙さと、圧巻の映像表現の成せる技なのか、

そんな「トンデモ設定」は、

少なくとも僕にとってはどうでもよくなり、

緊張感を失わず展開される「夢物語」に、ただひたすらに唸っていた。

 

これはまさに、ハリウッドだからこそ作れる映画である。

 

主人公たちのチームが、夢の中に入っている間であっても、

眠りに落ちる前の自分たちの目的をはっきりと認識し、

共有しあって行動する様を見ていると、

「ハッ」と思いつくことがあった。

 

「最近、話題のメタバースって、まさにこれやん」と。

 

近年「メタバース」という概念が、以前にも増して取り沙汰されるようになってきているが、

僕は今のところ、

あの「VRゴーグルをつけて、ネット上の世界で活動する」というアクティビティに懐疑的である。

 

あれが、ここからどのような進化を見せるか、僕には正しい予測ができそうにないが、

現時点の「視覚と聴覚」だけのメタバースについては、

「こんな、いちいちVRゴーグルをつけないと体験できないようなものは、一部の愛好家の趣味止まり」

で終わりそうな気がしてならない。

 

もちろん、そこから予想だにしなかった劇的な進化があるかもしれないので、

僕の「メタバースは企画倒れに終わる」という予測は外れるかもしれないが、

この映画を見て、「メタバース」を完成させるなら、「夢」を利用すればいいんじゃないの?

と思ってしまった。

 

無理っぽいけど(笑)。

 

マトリックス」は、首の後ろにプラグを繋げられて、

仮想世界を見せられている人間たちは、

「ここ(仮想世界)こそが現実」と信じているが、

インセプション」の主人公たちは、

自分たちが見ている夢は「夢とわかっている」のである。

(厳密に言うと、現実と夢の区別がつかなくなった人が登場するのだが、ここは最重要ネタバレ箇所なので、これ以上の言及は避ける)

 

この「今、自分が『夢を見ている』と自覚している夢」を「明晰夢(めいせきむ)」と言うのだが、

これを他者と共有する「場」が存在し、

そこに自分の意思で好きな時に行けるようになれば、

これはまさに「メタバース」なのではないだろうか?

 

僕の言っていることは、現時点で、間違いなくこの映画より荒唐無稽であると思うが、

実現すれば、こんなに面白いことはないし、

こんなに恐ろしいことはないと思う。

 

そう、それは究極に面白い世界であると同時に、究極に恐ろしい世界であると言える。

 

具体的に言うと、「自分が見たい夢の世界から抜けたくない」または「抜けきれない」人間が続出する世界である。

 

この「僕の考えるメタバース」が実現すれば、

もしかしたら人類は、体を持つ必要がなく、

「培養された脳細胞」だけで存続していくかもしれない・・・。

 

とまあ、話が脱線してしまったが、

そんな僕の妄想は置いといて、

この映画には「トーテム」という持ち物が登場するのだがら

これが重要な意味を持ってくるので、

まだこの映画を未見で、これから見ようと思っている人は、

「トーテム」の説明箇所だけは、

さらっと流し見して、後になって「これなに?」とならないようにお気をつけいただきたい。

 

ネタバレになるので言えないが、

個人的にラストシーンが秀逸。

 

僕の評価は100点満点で、90点。

 

クリストファー・ノーラン監督の他の作品は、

インターステラー」が気に入っているが、

この「インセプション」も凄い作品だ(ちなみに同監督の「テネット」は何がなんだかよくわからなかった・・・)。

 

繰り返すが、ハリウッドの凄さが凝縮されている一本。

 

という事で、

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。