(今回は長いので前編と後編に分かれます。)
今日は何やら物騒なタイトルだが、
今から4年か5年ほど前の出来事だったと思う。
その頃、僕は今の会社とは違う職場に勤めていた。
業種として具体的な分野を言ってしまうと、
特定される恐れがあるので、そのあたりは伏せておくが、僕は制服として「白衣」を着て作業(あるものの試験及び検査業務)をする毎日を過ごしていた。
その職場は女性の従業員の割合が、男性に比べて多く、女性が全体の7〜8割を占めるほどの人数だった。
基本的には朝9時から5時過ぎまでの時間、淡々と作業をこなしていく、平凡な日常。
時に仕事がらみのいざこざや、人間関係のもつれなどからトラブルが起こることは、他の多くの会社と同様、多少はあれど、僕自身は基本的には平和と言える日々を過ごさせてもらっていた。
そんなある日、
職場で事件が起きる。
その日、僕は残業していて、会社の中では、もう数人の人間しか残っていない状況だったのだが、自分が作業をしていた部屋を出ると、何故か会社に警察が来ているのだ。
具体的に言うと、ニュースや刑事ドラマなどでよく見る「鑑識係」の制服を着た人が、僕のいたフロアの女子トイレを行ったり来たりしていたのである。
「なんや?どうした??」と、その光景を見て疑問に思っていたら、一人の女性従業員が警察の人及び、その場に居合わせた会社の重役の人と、なにやら話し込んでいる。
僕は直感的に、
「今日のところは『何があったんですか?』と、誰にも聞かない方が良いかもしれん。」と思い、作業を終えて、気になりつつも、ひとまず家に帰ることにした。
翌日、出勤すると、朝礼で昨日の事の顛末が明らかになる。
「大変、残念なことではありますが、このビルの女子トイレにカメラが仕込まれていました。」
事業所の所長から出た衝撃の言葉に、場はざわついた。
そして、
「今後、従業員の皆さんには聞き込み調査を行いますので、ご協力お願いします。」という流れになり、当然のごとく、僕も調査に協力する事になった。
まずは会社内のミーティングスペースに個別に呼ばれ、当日もしくは最近、何か不審な人物などは目撃しなかったか?などを聞かれた。
僕は、その時点では特に思い当たる節がなかったので、「いえ、別に何も。」という感じで質問に答えていった。
そして、主に男性職員を中心に指紋の採取をしてもらわなければならない、という事で、協力のため、後日、職場近くの警察署にも行ってもらえませんか、と告げられた。
僕は無実も無実、潔白である事は、自分が一番わかっているので、指紋でもなんでも取ってくださいよ、という感じで、気軽にと言ったら変なニュアンスだが、
「ああ、はい、わかりました。」という感じだった。
それから何日もの間、職場は異様な空気感に包まれていたが、1週間、2週間、1ヶ月・・・いつまでたっても「犯人が見つかった!」という一報が聞こえてこない。
僕はそんなに見つからんもんなんかな?と不思議に思っていたのだが、
どれくらい経った頃だろうか?
2ヶ月?3ヶ月?それ以上だったか、
このあたりがいまいち覚えていないのだが、
最初の頃は重苦しい雰囲気だった職場も、時間が経つと、(少なくとも僕のまわりでは)だんだんその話の頻度が少なくなり、
事件以前のような空気感に徐々に戻っていった印象があった(と言っても、その事件がきっかけで精神的ショックを受けたのだろう、何人かの方が職場を去っていったが)。
「そういえば、指紋採取の話はどうなったんやろ?全然、俺に順番まわってこないな・・・。」
そんな疑問が時折浮かびつつも、時間の経過と共に、あまり事件の事を考えなくなってきていた僕の耳に、ある日、遂に「犯人特定」の一報がもたらされる事になる。
その頃、僕は、事件当時の場所とは違う、別の事業所に移って仕事をしていたのだが、
事件のあったビルの方で仕事をしている、ある先輩社員の方が僕のいる部署を訪ねてきた。
「久しぶり。元気してる?」と先輩の方。
「久しぶりですね!元気ですよ!
○○さん(先輩)もお元気そうですね。
ところで、Tさんは元気にしてますか?」と僕。
ここで唐突に登場してきたTという人物(男)。
このTさんは、当時、事件のあったビル内で、僕が所属している部署を含めた、他のあらゆる部署を統括する立場の「主任」である。
もう皆さん、タイトルと照らし合わせて、すでにお分かりだと思うので、身も蓋もなく言うと、この「T主任」が女子トイレの盗撮犯だったのである(ガーン)。
話を先輩との会話に戻そう。
先輩「ああ・・・なんかTさん、3日前から会社休んでて・・・体調が良くないらしいわ・・・。」
僕「ええ?そうなんですか?大丈夫かな・・・・」(この時点では、僕はまさかTさんが犯人だとは露にも思っていない)
続けて、
「そういえばTさん、僕がここに移る前、
なんか、だいぶ痩せてましたよね?
やつれてるというか・・・。髪もだんだん薄くなってきてて、なんか口数も減ってたような気がするんですよ。」と僕。
そりゃそうだ。
自分の犯した罪がバレるのが時間の問題だとわかっていれば、よほど神経の図太い野郎か、バカでもない限り、普通の精神状態ではいられないだろう。
そして先輩は「そうやな・・・」とポツリと呟いたが、後から聞いた話によると、実はこの先輩は真相を全てすでに聞いていたらしい。
だが、会社からのいわゆる「公式発表」の日までに末端の従業員に漏らすわけにはいかないので、僕に対して、このような奥歯にものが挟まったような言い方しかできなかったのだ。
そして公式発表までに、多くの従業員に真実が知れ渡るまで、さほどの時間はかからなかった。
ある日の昼間に「緊急」として、会社の食堂に当日出勤していた全従業員が集められ、事の真相が告げられる。
僕は、先ほどの先輩との会話の確か翌日か翌々日くらいに、他の従業員から聞いたような気がするのだが、ちょっとここら辺の記憶が今となっては曖昧だ。
僕にとっても、相当ショックだったので。
「まさか」と。
あのTさんが?と。
そうなのだ。
僕に指紋採取の要請が無かったのは、もうすでに、Tさんの指紋とカメラに付いていた指紋が一致してしまっていたからだ。
冒頭に、この職場で働いていた頃は、白衣を着て作業していたと書いた。
女性看護師を表現する言葉に「白衣の天使」という表現があるが、
Tさんは、それとは真逆の
「白衣のど変態盗撮野郎」だった。
しかし、手袋もはめずに、見つかれば証拠品になるものを直に触って犯行に及ぶとは、それなりの大学を出ている人間のやる事とは思えないほど、ずさんでマヌケである。
(誤解しないでほしいですが、犯罪を指南するようなつもりは一切ございません)
Tさんは当然のごとく懲戒免職。
このTさんという、主任を務めていた男性のパーソナリティだが、
勤続年数は当時で12年ほど。
仕事に対しては極めて真面目な男であり、20代の頃には海外赴任の経験もあって、このまま仕事を普通にこなしてさえいれば、
会社内でもいずれは要職にありつけるであろう、という存在だった。
僕も、彼が事件を起こす2、3年ほど前から同じ部署で共に仕事をし、ギャグのセンスはいささか滑りがちなところはあれど(しかし、このあたりも、それが逆に「かわいい」とさえ思えてしまうような、誠実な仕事ぶりと、普段の真面目さがあった)、
自分が任された仕事はきっちりこなそうとする姿勢には、好感を抱けるものがあった。
話しかけやすい人柄であったし、職場を盛り上げるために飲み会を企画した事もあったり、
僕だけに限らず、おそらくみんなから「頼られ、好かれていた」人だったと思う。
あの事件の犯人になるまでは。
(後編に続く)