5月17日、TOHOシネマズなんばにて、
「流浪の月」を鑑賞。
2022年の日本映画。
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公園のベンチで本を読む一人の少女、更紗(さらさ)。
そこに強い雨が降り始めるが、
更紗は傘も持たずに、
ベンチに座ったまま動こうとしない。
雨に濡れているが、
家に帰ろうとする素振りはない。
その様子を近くで見ていた男子学生の文(ふみ)は、
更紗に傘を差し出し「家に帰らないのか?」と問うが、
更紗は「帰りたくない」と答える。
そして文は、行き場のない更紗を自宅に誘う事にした。
その日から、10歳の少女と、大学生の男の2人きりの同居生活が始まる。
2人にとって、その生活は、充実感を伴う豊かなものであったが、
当然のごとく、長くは続かなかった。
「女児誘拐事件」として捜査をしていた警察の手がまわり、更紗は保護。
文は逮捕されることになる。
そこから15年の月日が流れ、
上場企業に勤める亮(りょう)という男性と、同居生活を送る更紗。
ある日、更紗はアルバイト先の飲み会の帰り、同僚と共に、目立たない店構えのカフェに入る。
カフェは男性が一人で切り盛りしていたが、
彼こそ、15年前に「誘拐の加害者」として、更紗と袂を分かつことになった文であった。
思わぬかたちで再会を果たすことになった2人。
この後、2人が辿る数奇な運命とは・・・・という、あらすじ。
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2020年の本屋大賞を受賞した同名小説の映画化。
僕自身は原作は未読。
この世の中における、
「正しい行いとは何なのか?」という問いについて、深く考えさせられる作品であった。
少女時代の更紗には、どうしても家に帰りたくない理由があったのだが、
その具体的内容は、社会的に許される類のものではない事は明らかである。
文の「自宅に見知らぬ少女を招き入れる」という行為も、
いかなる理由、弁明を持ってしても、
世間の目から見て、おおよそ許容される行為ではないのだが、
物語が進み、最終盤まで進んだ頃には、
その「常識」は大きく揺さぶられる。
ここで、
僕の個人的な、ある体験を紹介したい。
あれは今から14、5年ほど前だったと思うが、僕は当時、
夜の9時ごろになると、
自宅を出て、近所を1時間ほどウォーキングするというエクササイズを日課にしていた。
いつも、車や人通りの少ない、
閑静な住宅地周辺を選んで歩いていたのだが、
ある日、
いつものようにウォーキングをしていると、
かなり離れた場所から、
幼い女児のものと思われる泣き声が聞こえてきたのである。
泣き声のする方向を見やると、
保育園に通っているかどうかの年齢と思しき女の子が、
「ママーー!!!」と、
大声で泣き叫びながら、
どこに進むべきかもわからず、といった感じで周辺をウロウロしているのである。
「うわあ・・・・。マジかよ・・・・」
と、思わずため息が出た僕。
まわりには僕以外、誰もいない。
しばらく、その女の子の様子を遠巻きに見守りながら、こう思っていた。
「早く、母親現れろよ・・・。
それか、面倒見の良さそうな、おばちゃんか、おばあちゃんか・・・」
そこで、すぐさま母親が現れたら、
一件落着、ということで僕はその場を立ち去れるし、
または、
おそらく近所に住んでいるであろう、たまたまそこを通りかかったと思われる、
人の良さそうな女性が、女の子に声をかけたなら、
「まあ、多分大丈夫かな?」と思って、
やはり、その場を立ち去ることができただろう。
しかし、2分経ち3分経ち・・・と、
その後、いくら待っても誰も現れない。
相も変わらず、立ち尽くしたまま泣き続ける女の子。
「はあ・・・・、俺が行くしかないか・・・」と、意を決して、
僕は女の子に声をかけることにした。
僕が女の子に、最初から積極的に声をかけなかった理由は、
おそらく読者の皆さん、もうお分かりだろうと思うが、
念のために説明しておくと、
もしこのタイミングで、
パトロール中の警察官などに出くわしてしまえば、
「夜の人気の少ない道端で、泣き叫ぶ女児に声をかけている不審者」と疑われる可能性を、
僕が恐れたからだ。
そうなった場合、
僕が「この子、迷子になっていたんですよ」とおまわりさんに説明しても、
「後ほど、交番までご同行願えます?」という流れになるのは容易に想像できてしまう。
そしてもう一つ、
女の子を無事に母親の元へ送り届けてあげられたとしても、
僕の頭には「嫌な予感」が渦巻いていた。
正直なところ「嫌やなあ」と思いながら、
女の子に努めて優しく声をかける。
「どうしたん?ママとはぐれたん?
おうちどこ?」
僕に話しかけられた迷子の女の子は、
顔も知らない大人の男性に突然、話しかけられたことに怯えることもなく、
「ママいない・・・」と呟き、
ひとまず泣き止んだ。
僕は、
「じゃあ、おじさんがついていってあげるから、おうちに帰ろうか?
おうちはどっち?」
と女の子に質問すると、
女の子は「あっち」と、人差し指を差した方向に向かって、てくてくと歩き出した。
しばらく女の子と二人で歩いていると、
家の玄関を開け、左右をキョロキョロと何度も見ている年輩の女性が立っていた。
「あ、おばあちゃん!」と元気な声を出して、
女の子はその年輩の女性のもとに、
僕よりも先に、早足で駆けていった。
「あ!○○ちゃん!どこ行ってたん!?」と、
安堵と混乱が入り混じったような声で叫んだおばあちゃんは、
しゃがみ込んで女の子にハグしたと同時に、
当然のことながら、
僕の方へすぐさま視線を向ける。
僕はすかさず、
「散歩していたら、この子が道で泣いてたんで、お連れしたんですが・・・」と、
おばあちゃんに語りかけたのだが、
その僕の言葉に覆いかぶさる勢いで、
後ろの方から、
「○○ちゃん!!!どこ行ってたん?!
なんで勝手に歩いていったん!!」と、
ものすごい大声が聞こえてきたのである。
もちろん、その声の主は、女の子の母親だった。
母親も、おばあちゃん同様、
「もう、ほんま心配したわあ」とか何とか言いながら、
しゃがみ込んで女の子をハグし始める。
僕には一瞥(いちべつ)もくれず。
「あの・・・この子が一人で泣いてたんで・・・。
・・・見つかってよかったです。
すいません、僕はこれで」と、
なるべく「怪しい者ではないですよ」という、
口調と笑顔を心がけて、
母親とおばあちゃんに声をかけたが、
2人とも僕に対して、
「ありがとうございます」と言った言葉は全くなし。
おばあちゃんの方は、僕のことを若干警戒しているような目で見つつ、
強張った面持ちで軽く会釈をした感じであったが、
母親の方は、一瞬チラッと僕の方を、
もう「警戒心ありあり」という目で見ただけで、会釈すらなし。
先ほど述べた「嫌な予感」が当たった。
(ほらな・・・。結局こうなるやろ・・・。
絶対、怪しいヤツと思われてるし、俺)と、
僕はなんとも居心地が悪くなったので、
早々にその場を立ち去る事にした。
(俺、一応「ええこと」したと思うんやけどなあ・・・)と、
少々落ち込みながら、自宅へ戻った僕なのであった。
ということで、
話が横道にそれたが、
僕の経験した一例からもわかるように、
如何なるのっぴきならない内情を抱えていたとしても、
街なかのそこら辺で、見知らぬ女の子に声をかけて、
まわりの人間から不審がられない、ということなど、
ほぼないのである。
文と更紗だけが、
2人の仲の「真実」を知っている。
しかし、2人がどんなに言葉を尽くそうとも、
世間は絶対に、彼らを理解できないのだ。
この苦しみたるや、想像を絶するものがあるだろう。
そして、この2人に巻き込まれるようなかたちで、
周辺の人々も苦悩に苛まれていく。
この作品は、中心となる人物たちの演技が素晴らしい。
なんといっても、広瀬すずである。
中盤で、広瀬すず演じる更紗は、
大人になってからの同棲相手、亮(横浜流星)と、次第に仲違いするようになっていくのだが、
そのハイライトにおける彼女の表現力には、凄まじいものを感じる。
身も心もボロボロに傷つけられ、
「最愛の人」の元へ駆けつける更紗。
最も安心できる人がいる場所へ辿り着き、
自らの思いを絞り出す更紗は、
その瞬間、大人の姿をした「少女」に戻るのである。
この一連のシーンを演じる広瀬すずは、圧巻であった。
そして、その人生において、
自身という存在の虚無性を感じながら生きていかざるを得ない、
文を演じる松坂桃李の演技も素晴らしい。
作品内のほとんどの場面で、
文の顔は「無機質」であり、スクリーンに最初に登場した時には、
僕は、彼が松坂桃李だと一瞬わからなかったくらいである。
あれは、もはや演じているという領域を超えている、と言っていいのかもしれない。
全体として、
非常に丁寧な作りを心がけた事が如実に感じとれる作品であるが、
その丁寧さが、ストーリーの流れにおけるテンポ感を奪っているような気もした。
2時間30分という長尺もあって、
やはり「長さ」がもたらす疲れは感じてしまう。
僕の評価は、100点満点で、88点。
ラストに明かされる、
文の「衝撃の姿」を見た時、
多くの鑑賞者に、何とも形容し難い、悲しみや、切なさの感情がもたらされる事になるかもしれないが、
それでもなお、更紗にとっての文は、
「取り替えのきかない存在」なのだ。
いや、「その文」だからこそ、
更紗は文のことを、さらに必要とするだろう、
と解釈してもいいかもしれない。
世界からは永遠に理解される事がないであろう、2人だけの愛のかたちを頼りに、
生きていく覚悟を決める、文と更紗。
この2人にエールを送ってあげたい自分と、
同時に、
やはり、世間一般の物差しも否定はできない自分が交錯して、
考えの整理がつかないまま、劇場を後にした。
しかし間違いなく言えることは、
文は、法律を犯しつつも、ひとりの少女の人生を救ったのである。
という事で、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。