シンゴさんの、ふとしたつぶやき。

100点満点採点で映画を評価した記事と、あと他愛もない雑談と。

他人にとってクソどうでもいい短い呟き、その1

(*注)

この「他人にとってクソどうでもいい短い呟き」シリーズは、

本当に、他人にとってクソどうでもいい内容です。

笑いを取るつもりもありません。

僕自身の気持ちを客観的に捉えて、

僕のストレスを緩和するため、僕の自己正当化を図るための、完全なる自己満足記事です。

 

読者の皆さんにとって、おそらく有益な情報は見つけられないし、

僕の変態性が滲み出ると思いますので、

今後、第2弾以降があっても、その点をご理解の上、お読みになってください。

 

 

---それでは以下が本文です。

 

 

今日、生卵を落としてしまった。

 

f:id:otomiyashintaro:20211201214409j:image

 

ゆでたまごを作る時に、

空の鍋に卵を置いていくのだが、

しっかりしたテーブルの上や、その他の平坦かつ平面の面積が広い、安定した場所でなく、

いつも流しの角に鍋を置いて卵を鍋に投入するから、いつかやるとは思っていた。

 

f:id:otomiyashintaro:20211201222422j:image

 

非常に残念である。

卵に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


けど、多分明日以降も、僕は流しの角に鍋を置くと思う。

 

また落とすリスクがあるのに何故なのか?

 

それは、

「落ちるかもしれない流しの角に鍋を置くリスクを冒すことで、微細なスリルを感じるから」だ。

 

もし僕に同居者が居たとして、

このような失敗を繰り返せば・・・いや、繰り返さずとも、

「流しの角に鍋を置いて、生卵を投入する」という行為に、

同居者は烈火の如く僕に怒るか、

僕に対して呆れ果てるだろう。

 

なので、同居者が居ればこんな真似はしない。

 

独身者だから、このような危険な行為に足を踏み入れるのだ。

 

独身であるからこそできる、非効率かつリスキーな行い。

 

独身の醍醐味はこういう部分にあると思うが、

これは言い換えれば、誰かと同居すれば、リスクは抑えられるがスリルを味わう機会も同時に失う事も意味している・・・

と確認できた卵の墜落であった。

 

 

・・・・これ、第2弾あるかな?