シンゴさん日記

100点満点採点で映画を評価した記事と、あと他愛もない雑談と。

「護られなかった者たちへ」 僕には合わなかったなあ・・・。

今日は休日。あべのアポロシネマにて

「護られなかった者たちへ」を鑑賞。

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今回も冒頭、

前回の映画レビュー記事「クーリエ:最高機密の運び屋」に続いて、またまた映画と関係ない話で申し訳ないのだが、

(「クーリエ:最高機密の運び屋」の記事リンクは↓)https://shingosan.hateblo.jp/entry/2021/09/30/000100

 

映画鑑賞中に、電話がかかってきて(もちろんマナーモード)、

もちろん出る事はなかったのだが、「これはもしかして・・・」と僕にとっては嫌な予感がした。

 

と言うのも一昨日、職場の同僚に38.5度の発熱があって(新型コロナなのかどうかは現時点では僕は知らない)、

今日は一応、発熱した彼の代わりに僕以外の代役メンバーが出勤することになっていたのだが、

まさか、その代役メンバーもダウンしてしまい、僕に代役の代役で「出勤してくれないか?」という電話かもしれない・・・いや、このタイミングでの着信はそうに違いない、と思っていた。

 

映画が終了して、早速携帯を確認すると、

僕の所属する部署の責任者であるマネージャーからの着信。

 

てっきり現場の上司からの出勤要請と思っていたので、少し意表を突かれた。

 

「なんだろう?」と思って、電話をかけ直してみると、こないだ僕と一緒に働いていた研修のアルバイトの子が新型コロナウイルスの陽性者となってしまい、

丸一日付きっきりで仕事を教えていた僕が濃厚接触者に当たる、という内容であった。

 

なんとまあ。

 

最近の大阪の新規陽性者は軒並み減少しているが(10/7の発表では大阪の人口800万人中165人)、

こんなにピンポイントでくるかね?と。

 

とりあえずマネージャーからは、

「今日中にPCR検査を受けてくれませんか?」というものだった。

という事で、映画を見終わった後、今日は献血の予約を入れていたのだが、献血ルームにすぐ電話を入れて今日の予約をキャンセルし、

PCR検査センターに直行。

検査をしてきた。

検査後、約5時間後にメールで結果が返ってきたが、結果は陰性とのこと。

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とりあえず、自分については良かった。

あとはコロナに感染してしまったアルバイトの子が無症状、もしくは軽症状で済むことを祈るばかりだ。

 

・・・さて、前置きはこれくらいにして映画「護られなかった者たちへ」の話である。

 

今日はちょっとネタバレに近い(完全ネタばらしではない、と思っているが)レビューをするので、これからこの映画を楽しみにしている人は、これ以上は読まない方がいいです。

 

*******

 

東日本大震災から9年後の宮城県のある町で、全身を縛って身動きできなくした上で放置し、餓死させるという、むごたらしい殺人事件が発生する。

 

かつて放火の罪で捕らえられた過去のある利根という男(佐藤健)が、第一容疑者として浮上するが・・・というあらすじ。

 

一言で言うと、とにかく陰鬱な映画である。

 

全体を通してひたすらに暗く、重く、

心が救われたような気になる場面は最後まで一つもない、と言ってもいい作品。

 

超絶胸クソの展開が待っている。

 

正直、見ていて疲れた。

 

そしてそのせいか、長く感じた。

 

気になったのは、

ところどころ「いや、現実はそんな風にはしないでしょ・・・。」というシーンがある。

 

例えば、阿部寛さん演じる笘篠(とましの)刑事が、捜索中の利根の存在に路上で気づき、

「利根っーーー!!!」と大声で叫び、

その声に反応した利根が走って逃走するシーンがあるのだが、

そんなこと現実にあるだろうか?

 

「あれ・・・あいつ、容疑者じゃないか・・・?」と街中で気づいたら、刑事たるもの、気づかれないようにじわじわ尾行し、確実に捕捉できる場所で静かに声をかけるか、

捕捉しないまでも、その時は「泳がせる」という事で、容疑者の潜伏先などを確認しておくに留めておいたりするもんじゃなかろうか?

 

これは、僕ならではの素人考えではあるのだが、本物の刑事さんが見ても多分、

「いやいや、そんな目立つことしねえよ。」とおっしゃるような気がするのだが・・・。

 

こういう現実社会の問題を扱っているシリアスなドラマは、「リアルに忠実であること」が大事だと個人的には思うのだが、

ほとんどの映画とかドラマって昔からずっとこんな演出なので、

いい加減、僕も「えー、絶対、こんな鬼ごっこせえへんやろー。」と、あのシーンを見ていてかなり冷めた。

 

他にも「いかにも刑事ドラマでよくあるベタなセリフのやりとり」があって、

正直それも「いや、そんな失礼な事、思ってても普通、気をつかって言わんて・・・。」と冷めるシーンがあった。

笘篠の部下のセリフなんだけど。

 

本人に面と向かって、

「そんなんだから、昇進できねえんっすよ。」的な。

 

いやいや、普通言える?冗談でも言えないでしょ?まして警察の世界で。

どんだけよ、この部下(笑)。

刑事コメディならありそうなセリフだが。

 

あとは、利根と役所の生活保護課に勤める円山幹子(清原果耶)が公園のベンチで話し合うシーンで、2人の近くでバレエダンサーがバレエの練習をし始めるのだが、

正直そんなの要らないと思った。

 

全然ストーリーと関係ないし、単に作品にちょっとした「彩り」を与えるための視覚効果なのだと思うのだが、僕はあれに関しては、すごく余計だと思った。

 

そして、笘篠と円山がけっこう大事な事を話すシーンについても、

博物館みたいなところで、まわりに普通に人がいるのに、

けっこうデカい声で喋ってたりしていて

(これまた館内で喋ると、声が壁の反響でよく通ってるんだわ)、

「どうなん?それ。」となったし、

あとは芸人の千原せいじさんが、生活保護を不正で受け取っている「コワイ人」として、チョイ役で出てくるのだけれど、

大阪時代からずっと「関西芸人・千原せいじ」を見ている僕からすると、あの標準語というか関東弁でのセリフ回しは、ちょっと見ていて吹きそうになってしまった。

 

「いやあ、別に関西弁でええと思うんやけどな・・・」と思ったなあ、あれは。

 

関西弁を使った方が、せいじさんの自然な凄みが出ると思うし、「東北に引っ越してきた関西の悪そうな人」っていう具合に、見る側も脳内解釈するだろうから、そんな無理に標準語で喋らせなくても・・・と思った。

 

と言った手前、本当に関西弁で喋ってたら、

「そのまんまやんけ。」と、やっぱり吹き出してしまっていたかもしれない(笑)。

 

芸人さんは演技の上手い人が多いが、

映画の内容によっては、使いどころが難しい職種でもあるのかな?と思ったりもする。

 

ちなみに関西の芸人さんは「ミナミの帝王」に出たら、もれなく全員、違和感なく作品にハマると僕は思っている。

(あくまで僕の勝手な私見

 

そしてなんといっても、クライマックスである。

もちろん、物語の核心も核心なので、これははっきりとは内容は言わないが、

僕としては強烈な違和感。

 

実は途中から、僕は犯人が分かってしまった。

 

レビューを見ていると、「まさかまさか」などと言う声が多いが、

僕は「ああ、真犯人コイツだわ。」と分かってしまった。

 

僕が途中で分かった事自体は、この映画を評価する上でマイナス要素にはならないのだけれど、

うーん・・・・・・・、

 

「この人が、そこまでの事をするかね・・・・?」と。

 

真犯人も自分の仕事を経験してきた上で、自分ひとりの力ではどうしようもない現実に直面しているはずだし、

自分が殺害した人間もそんな根っからの悪人じゃない(むしろ社会的には善良な一般庶民)のは、同じ仕事をする人間としてわかるだろう。

 

犯人からの被害に遭う人は、犯人が愛していた(震災当時、犯人の面倒を見てくれた)人の火葬の現場にまで来てくれて、本気の涙を流してくれたのに、

そこでの何気ない一言が引っかかったくらいで、あそこまでの残忍な行為に及ぶかな?と、とにかく違和感が半端なかった。

 

しかもその「一言」も、そんなに酷い物言いとは思えないし、むしろ無念の気持ちが滲み出ていて、どちらかと言うと死者を思い遣っているように僕には思えたのだが・・・。

(もうこれ、ほとんどネタバレやな・・・。これから楽しみにしていた人へ。ごめんなさい)

 

こう言うと、

「いや、人というのは見た目では分からない闇を抱えているもんだよ。」と、この映画を高く評価している人から指摘されそうな気がするが、

いやー、やっぱり僕には、あの犯人とあの残忍な殺人行為が結びつかない。

 

あれ(あの殺し方)ができるのは、相当なサイコパスだと思うんだけど、

物語を見ている上では、犯人はその人物像にはどうしても成り得ないんだよな。

少なくとも僕の中では。

 

原作を読んでいないけど、もしかしたら原作はそんな僕の考察を覆してしまうような、詳細な人物描写が描かれているかもしれない。

 

他にもいくつかツッコミどころがあるが、これくらいにしとこう。

 

あ、最後にエンディングの字幕で流れる桑田佳祐さんの曲について。

曲自体は良い曲だが、これまたかつてレビューした「映画 太陽の子」のごとく、

(リンク先は↓)

https://shingosan.hateblo.jp/entry/2021/08/11/155005

この映画のエンディング曲として全く合っていないように感じる。

 

「あー、ここに至っても、僕の感覚とは相容れないのか、この映画は。」となってしまった。

 

この作品の世間の評価は概ね良く、

Yahoo!映画の5段階評価で4点台に迫る高いものであるが、僕には全く合わなかった。

 

こればっかりは仕方がない。

 

合わないものは合わないし、自分が感じた違和感を無かったことにするなんて、人間として無理だ。

 

この作品の僕の評価は、

100点満点中、35点。

 

生活保護にまつわる諸処の問題と現実を世の人に問う、という意味では多少の意義はあると思うけど、

作者がこの作品を通じて真に訴えたい事は何なのかな?と、ちょっと疑問に思ってしまった。

 

本当、殺された公務員があまりに不憫でならないだけに。

 

というわけで、今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。